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函館地方裁判所 昭和24年(モ)132号 判決

申請人

日本セメント株式会社

被申請人

日本セメント労働組合上磯支部

右代表者

支部長

"

主文

昭和二十四年四月十五日当裁判所が右当事者間の昭和二十四年(ヨ)第四十六号立入禁止仮処分事件について、為した仮処分命令(末尾注参照)はこれを取消す。

申請費用は、申請人の負担とする。

此の判決は仮に執行することができる。

請求の趣旨

申請人代理人は、

本件仮処分命令は、これを認可する。

旨の判決を求める。

事実

(一)  申請人会社は、セメントの製造並に販売等を目的とする株式会社であつて、本店を東京都千代田区丸の内一丁目十番地に置き、全国に二十余の工場を有し、北海道上磯工場はその一つに属し、被申請人組合は、右工場の従業員を直接組合員とする労働組合であつて、右各事業場の従業員を以て組織していた労働組合と連合して、日本セメント労働組合連合会を組織していたが、昭和二十四年二月十五日開催された日本セメント株式会社労働組合全国大会に於て、各事業場単位の労働組合並に連合会は解散し、新に、各事業場の従業員を直接組合員とする日本セメント労働組合なる単一労働組合を結成し、各事業場及び右上磯工場労働組合は、その支部として発足した。

(二)  申請人会社は、右連合会と昭和二十二年十一月十八日、労働協約を締結したが、右連合会は、前述の如く解散したので、その相手方を失い、右協約は効力を失うにいたつた。そこで申請人会社は、日本セメント労働組合に対し、新協約の締結方を申入れたが同組合は右協約は依然として、有効であるとして、右協約に基く経営協議会の開催を迫つたので、申請人会社は、右連合会と組合との関係の説明を求め、且つ右労働組合の代表権は、何人が有するものか、確めたところ組合はこれに対して確答を為さずかえつて悪質なる争議行為に出て来た。

(三)  元来セメント工場の操業は、高熱作業であつて、セメント生産の主要機関である回転窯は、製鉄所の熔鉱炉にひとしく、一度火入れをすれば、一ケ月に近い昼夜連続運転が絶対に必要である特殊作業であり、これが正常なる業務を運営するためには、労働基準法による、労働時間の範囲内において、右労働協約に定むる勤務時間を超過する勤務を必要とする外、同法による毎週少くとも一回与えられなければならない休日を毎日曜日として、従業員が一済に休業することはできない。そこで就業規則を制定し申請人会社と、被申請人組合とにおいて休日並に時間外労働に関する協定を締結し、爾来日曜日操業及び時間外勤務を実施して来た。然るに、被申請人組合は、前述のような経過から、あたかも、申請人会社において、中央協議会の開催を拒否したように逆宣伝をして、昭和二十四年三月五日右協定を廃棄する旨通告し来り、爾後会社の業務命令にもかゝわらず、毎日曜日に一斎休業し超過勤務を為さない。

(四)  これがため、同月中におけるセメントの生産高は激減し、工場機械設備に、重大なる故障を惹起するおそれを生じ、工場の安全連続作業が不可能視されるにいたつた。そこで申請人会社は、しばしば平常運転をするよう申入れたが、被申請人組合は基準賃銀平均手取り金一万一千三百八十円に寒冷地手当を含め、合計金一万三千五百四十円ベースによる会社の経理上到底実行不可能な最底賃銀制の確立を要求し、同月十五日右協定による平和条項に違反して二十四時間罷業を決行し、依然として右悪質なる怠業行為を継続して顧みないので、申請人会社は操業困難のため、遂に昭和二十四年四月八日以降臨時休業を為すの止むなきにいたつた。

(五)  然るに、被申請人組合は申請人会社に無断で、別紙目録記載の右工場倉庫に不法に侵入し同記載の物品を使用し、その機械を運転して勝手に作業をする外申請人会社の原料採堀場たる峨朗採堀場の鉱石を採取してこれを販売しようとしているのである。

(六)  かくては申請人会社の右工場倉庫及び物品等の所有権の侵害を受くるは勿論その占有を奪取せられては、今後の経営の実行は不可能となり、重大なる損害を蒙るので、本件仮処分申請に及んだ旨述べた。(疎明省略)

被申請人代理人は、本件仮処分命令はこれを取消す、申請人会社の本件仮処分申請は却下するとの判決を求め、異議の理由として、

(一)  本件仮処分は、申請人会社の理由のない臨時休業を是認し、被申請人組合に就業の機会を失わしめて、生活上重大な脅威を与えた不当な仮処分であつて、直に取消さるべきものである。

(二)  即ち、従来被申請人組合の所属していた日本セメント労働組合連合会と、申請人会社との間に於て昭和二十四年一月二十六日以降賃銀スライド制に関する団体交渉が続けられていたが、右連合会は同年二月十五日から同月十七日に亘つて開催された全国大会において、その名称と組織を変更して、日本セメント労働組合となつたが、申請人会社はこれを目して右連分会は解散したものと曲解し、同連合会と申請人会社との間に締結された労働協約は、その相手方を失い効力を失つたものであるとなし、新協約締結を固執してその余の交渉に応じない。

(三)  右のように申請人会社は、自己の主張のみ被申請人組合に押付け、労働者の生活改善には何ら誠意を示さないので、被申請人組合はその反省をうながすため、休日出勤並に超過勤務を拒否した。

(四)  然るに申請人会社は、被申請人組合の右休日出勤並に超過勤務拒否に藉口して、突如同年四月八日臨時休業を為し、被申請人組合員に対する賃銀の支払を為さないので、被申請人組合員は生活上重大なる脅威を受くるにいたつた。

(五)  右のように申請人会社が休業を行つているかぎり、申請人会社の右賃銀の不払による被申請人組合員の生活の破綻を救うためには、生産管理を行う以外に手段がなかつた。

(六)  然るに本件仮処分は、被申請人組合の右生産管理を事前に禁止した。本来生産管理は善良なる管理者の注意を以て行うかぎり合法なる争議行為であつて、労働者が資本家の営業を妨害するものではなく、その営業を継続し発展させるものであつて、殊に本件のように申請人会社が理由ない休業を行つているようなときには被申請人組合がこれに対抗する手段として、同盟罷業や怠業を行う余地は全くない。かかる場合には生産管理こそ残された唯一の争議手段であつて、これを全面的に禁止するが如きは労働者の正当なる争議権を奪うものといい得る。

以上述べたように何れからみても本件仮処分は失当であるから、その取消を求むるため異議を申立てた次第であると述べた。(疎明省略)

理由

成立に争のない甲第一号証の一ないし四同第二号証の一、二同第七号証の一乙第二十二号証同第二十三号証の一同第三十号証の一、二証人西川外男同横山竹一の各証言及び被申請人組合代表者大西豊香の尋問の結果を綜合すると、

申請人会社は、セメントの製造並に販売等を目的とする株式会社であつて、本店を東京都千代田区丸の内一丁目十番地に置き、全国に二十余の工場を有し、北海道上磯工場はその一つに属するもので被申請人組合は右工場の使用者側を除く従業員を以て組織していた労働組合と連合して、日本セメント労働組合連合会を結成し、申請人会社は右連合会と昭和二十二年十一月八日労働協約を締結した。而して申請人会社は昭和二十四年一月二十七日開催された賃銀専門委員会において、右連合会の要求による賃銀ベース引上問題を協議するため、右協約に基く中央経営協議会を、同年二月二十三日及び同月二十四日に開催することを約した然るに右連合会は、その組織を強化するため同年二月十七日その規約を変更して、右事業場単位の労働組織を併合して、その組織を改め、日本セメント労働組合と改称し、右上磯工場労働組合はその支部となつたため、申請人会社はこれを目して、右連合会は解散したものと解し、日本セメント労働組合は戦斗的左翼分子の指導によつて結成された性格を異にする別個の組合であるとなし、右連合会との間に締結された右協約はその相手方を失い失効したものとして、新労働協約の締結を固執して右中央経営協議会の開催を拒否したのに端を発し、被申請人組合は昭和二十四年三月六日から日曜出勤及び超過勤務を拒否し、同年三月二十五日二十四時間同盟罷業を決行するにいたつた。元来セメント工業は高熱作業のため、連続操業を必要とする特殊作業であつて申請人会社は、被申請人組合の断続運転によつて、事業運営に困難を来し同年四月八日臨時休業を行うのやむなきにいたつた。そして被申請人組合の不完全運転中の賃銀の一部の支払を停止した。そこで被申請人組合は申請人会社に対し再三工場の再開を申入れたが拒否せられたので、臨時大会を開催しその議決の結果申請人会社の賃銀不払による生活の困窮を打開するためには、生産管理を行うの外なしとして、申請人会社に対し同年四月十六日生産管理を行う旨申入れたことが疏明せられた。

もともと生産管理といつても、その名において行われるものの態様は、いろいろあつて、その具体的態様を見ることなくして一概に違法なりや否やは決定し難いものである。もとより使用者の生産手段を奪取し、労働組合がその経営主体となつて、生産を行うが如きは使用者の経営権を侵害する違法なものといわねばならないが元来工場等の従業員は、企業経営の分担者として、その工場において稼働し、その施設を保存する等の権利と義務を有するものであるから、たとい使用者側において休業したとしても、従業者は右工場に出入し又は、その施設の保存行為をなす等の権利は使用者においても特段の事情のないかぎり拒みえないものといわねばならない。而して前記大西豊香の尋問の結果によれば、被申請人組合の申入れた生産管理は全く具体的準備を欠いていたものであつたことが疏明せられ被申請人組合が申請人会社に無断実力を行使して、右上磯工場に不法に侵入し、機械を運転作業する外峨朗採堀場に到り、鉱石を採取してこれを販売しようとした事実については、申請人のすべての疏明方法によるもこれを疏明するに足りない。以上の通りであるとすれば本件係争物を敢て執行吏の保管に移し、予め被申請人組合に対し、申請人会社の管理を排除し、又は業務の執行を妨害して右係争物の管理処分又はその占有を禁止しなければならない保全の必要を欠いているものというべきである。果してそうであるとすれば、右申請を許容した本件仮処分命令は不当であるから、被申請人組合の異議を理由あるものと認め、これを取消し、申請費用について民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言について、同法第七百五十六条の二を適用し、主文のとおり判決した。

(別紙)

目録

(一) 上磯郡上磯町字谷好町所在日本セメント株式会社工場内の倉庫及作業を行う建物

(二) 右工場に備付けたるクレーン原料粉末機、テーブルフイダー粉炭給養装置、石炭粉末機、乾燥炭給養装置スラリーフヰルダーセメント粉末機、ベーツ袋詰機回転窯、其の他の機械

(三) 上磯工場峨朗採掘場所在の十番クラツシヤー、コンプレツサー火薬庫。

注、仮処分決定

函館地方昭和二四年(ヨ)第四六号仮処分申請事件(昭和二四、四、一五決定)

一、保証 金弐拾万円

二、主文

(一) 別紙目録記載の建物倉庫及び物品を申請人会社の委任する函館地方裁判所所属執行吏の保管に移す。

(二) 執行吏は右建物倉庫及び物品を申請人会社に管理使用させなければならない。

(三) 執行吏は前二項の趣旨に則り適当な措置を執ることができる。

(四) 申請人会社は、被申請人組合をして運転中は一済休日をとらないこととして、申請人会社の指揮の下に業務に従事せしめることができる。

(五) 被申請人組合は、申請人会社の管理を排除し又は業務の執行を妨害して右建物倉庫及び物品の管理処分又は占有してはならない。

(六) 執行吏は前項の趣旨を適当な方法で公示すべし。

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